[事業承継の留意点]――経営者の視点

複数代表制に変更し株式も移行。父親が現役中に承継対策を実行 
㈲美樹土観光 取締役 市川春樹/取締役 市川哲男

「ホテルくちなし城 桃源郷」など神奈川・静岡で4店舗を経営する、くちなし城グループ。主要店舗の法人を親子の複数代表制にするなどの事業承継対策も進めている。父・哲男氏と子・春樹氏に、親から子への事業承継の実際を伺った。

父の時代と大きく変わった市場環境下での事業承継 

―貴社のラブホテル事業の沿革からお聞かせください。
哲男 私の父、春樹の祖父が昭和41年に伊勢原市善波で8室のモーテルを開業したのが始まり。製菓業からの転業でした。当時、モーテルが各地にでき始めていた時代で、料金は2時間で2,400円。大卒初任給が4万円程度の時代、それが午前中から満室。初期投資も経費も低く、まさに高収益の商売でした。すぐに客室を増築し、さらに厚木、横須賀(のちに売却)、富士宮と店舗を増やしていったのです。私は、結婚を機に昭和45年からホテルの仕事に携わりました。父は厳格で私も厳しく指導されましたが、とにかくお客様が来るから回転清掃に追われるのと、税金対策で借入をして新規出店をしたいという考えだけ。収益を考える前に、面白いホテルをつくって売上をあげることだけを考えていました。人間洗濯機や上下する回転ベッドなど、いまでは伝説の設備もいちはやくオーダーメイドで導入していました。そのようななか、昭和63年、父が65歳で病気で急逝。相続の準備などしていなかったので相続税を支払うために借入れをするなどたいへんな思いをしました。
春樹 祖父が他界したとき、私はまだ10歳。高校卒業後、将来は事業を継ぐことになるだろうと漠然と考えていましたが、若い時はやりたいことをやろうと、工場勤務の夜勤をしながら趣味にのめり込んでいました。平成13年、25歳のときに、私も結婚を機に当社に入社。当初は、肩書なしで清掃とフロント業務でした。
哲男 事業を継がせるかどうかという前に、まずは、ホテルの仕事が続けられるのかどうか。とりあえず黙って見ていました。

――春樹氏への承継は。
哲男 現場の仕事を3年間続けられたので、とりあえず1店舗を任せようと、平成16年に10室の小規模店舗の法人の代表取締役に就任させたのです。
春樹 当初は、経営者というより店長の感覚でしたね。収益の前に集客。さっそく、信金から1,500万円を借入して改装を実施しました。融資を受けられたのは父の存在があったからといえますが、実際に自分で借入して改装して売上につなげていく、この一連の流は、大きな勉強になったといえます。その後、平成19年に、主要店舗の法人である㈲美樹土観光を、父と私が取締役の複数代表制に変更しました。
哲男 有限会社は複数代表制にできる。これなら私が急逝するようなことになっても、届出変更等も含めてスムーズに事業が承継できることになる。春樹の提案でしたが、私自身、父親の急逝で大変な状況を経験していましたから、さっそく実行しました。

――複数代表制で決裁権は……。
春樹 そのときから経営判断は、すべて私に任せてくれるようになりました。
哲男 親にとっては、子供はいつまでも子供。常に心配はあります。でも、事業を継がせる以上、すべてを任せなければと。失敗して大変な思いをすることになっても、それはそれでしょうがない。すべて上手くいく順風満帆の人生を送れる人など極めて少数でしょう。私自身も、業界の成長期にこの事業に携わっていたわけですが、静岡で10室のホテルを高額で取得してしまった失敗があります。当初は売上もよかったのですが、近隣にオウム真理教が進出し検問が始まり集客が激減。そのときの借入の返済が大きく経営を圧迫してしまった経験をしています。
春樹 私がラブホテル事業に関わり始めてからは業界全体が下り坂。とくにリーマンショック以降、売上は大きく落ち込み経営状態も厳しくなった。店舗の売却も考えたのですが、新たな借入をつくっても売上向上で乗り切ろうと、腹を括って、平成22年に厚木の店舗の全面改装に取り組みました。父からは反対されると思っていたのですが「やってみなさい」と。ただ、改装後に組数が少ない日などは「料金が高すぎる」等々、かなり営業の方向性を非難されることもありました。私自身、今後を考えると、飲食サービスの充実なども含めて高価格ハイバリューの方向しかないと思っていたので、結果を出して文句を言わせないぞと、現場に貼りついて頑張り、その後、売上の上昇に伴って険悪な会話もなくなっていきました。
 親と子で意見が違って言い争っても、決定的な決裂にならなかったのは、私たちの場合、同居していたことが大きかったと思います。同じ家に住んで一緒に食事をする。これが、親子関係を維持する秘訣ではないかと思っています。

事業継続のための資産相続は親が現役のうちに進める

――事業を承継していくうえで大切なことは。
哲男 ホテル事業を継続していくには、ホテルという不動産や法人の株式といった資産の引き継ぎも必要になります。私には子供が2人。春樹が事業を継いで姉はすでに結婚しています。私が死去して、相続で姉弟が揉めて事業が継続できなくなっては最悪です。私が元気なうちに、親と姉弟間でしっかりと話をして、事業を存続させるために事業に関わる資産の引き継ぎを了解しあうことが大切です。すでに法人の株式の9割は春樹に移していますが、税理士と相談しながら取り組んでも数年以上かかりました。その期間を考えると、やはり親が元気なうちに承継に取り組むことが必要です。
 さらに、50歳を過ぎると返済を考えて大きな借入には躊躇してしまいます。しかし、ホテル事業では売上を持続させるには追加投資が不可欠。それがどうしても消極的になってしまう。そういった面からも、早めに子供に引き継いだ方がいいと思います。
春樹 父の時代は、魅力的なホテルをつくれば収益は後から付いてきた時代。しかし、現在は、市場環境が大きく変わっています。とはいえ追加投資が必要なことは間違いない。そのために、必要なときに必要な追加投資ができるような財務体質にしておくことが求められます。財務バランスのよい経営が重要です。
哲男 大規模改装をした2店舗が順調な売上状況をみせ、現在、財務バランスも良好になり融資も受けやすい状態にあります。春樹はまだ41歳ですから、今後もう1、2店舗は増やしてほしいと期待しています。借入が増えても積極的に動かないと事業というのは衰退に向かってしまいますからね。私自身、10年ほど前に健康を害した時期がありましたが、現在は回復。まだしばらくは、子どもとして心配しながらも、経営者としての成長を見守っていきたいと思っています。
春樹 現在、宿泊業全体が2020年のオリンピックに向けて大きく動いています。ただし、オリンピック後に供給過剰になる懸念もあります。そのときに当社が、どう動けばよいか。その見極めと、そこで新たな展開に着手できるような財務体質と経営体制を整えておかなければならないと思っています。
(季刊『LH-NEXT』vol.33/2017年7月31日発刊・掲載)