[事業承継の留意点]――経営者の視点

50歳~60歳を「引継ぎの10年」と表明し10年後の引退を見据えた経営に着手 
内宮商事㈱ 代表取締役 内宮則一

 関東を中心に「HOTEL555」等の12店舗を経営し、リゾートホテルや温浴施設も展開する内宮商事グループ。20年前、31歳で父親から事業を引き継ぎ代表取締役に就任した内宮則一氏は、事業を10年サイクルで捉え、最初の10年を「基礎固め」、次の10年を「ブランドづくり」、最後の10年を「引継ぎ」と定めた。毎年9月に新年度の年頭訓示を行なっているが、昨年は「引継ぎ」のサイクルに入り10年後の60歳引退を表明。事業承継の考え方と、そのための準備の取り組みを伺った。

25歳で入社、31歳で社長就任。濃密な6年間の修業期間 

――社長を引き継がれた経緯からお聞かせください。
内宮 私の父は、兄弟で内宮運輸機工という重機工事の企業を経営し、その後、独立して鳶土工の会社を設立。昭和50年からラブホテル事業にも取り組んでいました。私自身は、父の事業を引き継ぐ考えはまったくなく、学生時代からプロのドラマーを目指していました。しかし、プロとして収入が得られはじめた時期に、音楽性の違いから突然に仕事を切られた。これをきっかけに、プレイヤーではなくプロデュースする側の仕事を目指そうと自身の価値観が大きく変化したのです。その時期に、父とさまざまな話をする機会があり、「ドラムを辞める」というと「本当に辞めるのか、残念だ」と。実は父もビッグバンドでドラムを演奏していたことを、そのときに初めて知り、さらに話をしていくなかで、自分で好きな道を選んできたと思っていたのが、父の掌のうえで遊ばされていたことに気付き、経営者として人としての器の大きさを痛感しました。
 その時から、父親ではなく尊敬できる社長という存在に変わり、自社への入社を決意したのです。それが25歳のときでした。

――入社してからは。
内宮 当時、ラブホテルは6店舗。入社前から各店舗の売上やタイムチャートをオンラインで管理するシステム構築に関わっていたのですが、入社後はそれを完成させ、本社での売上管理が仕事の中心でした。その後、現場にも出て、支配人代行業務を経て店舗の統括責任者の立場になりました。しかし“生意気な若造”でしたから、古参社員とぶつかり3人の支配人が退社。その結果、支配人兼清掃スタッフの仕事を自らやらざるをえない状態になり、それが2~3年。その後、財務部長を経て専務取締役に就任しました。
 その時期に、今度は社長とぶつかり一時的に退社したことがあります。社員に対する態度があまりにも傲慢だったことから「態度を改めなければ私が辞める」と。でもそれは、いま思い返せば、社員を反・社長、親・専務にするために、意図的に行なっていたように思えるのです。その結果、社長就任後に「前社長はこうだった」といった社員からの不満は一切ありませんでしたから。同時に、そういった社長の態度に、私がどのように反応するのか、試されていたようにも思われます。
 入社後の6年間、現場の仕事、金融機関との交渉も含めた財務面の対応力、従業員の管理・対応の仕方、等々、後継者としての資質・能力がチェックされていたと思われます。それらがクリアできたと判断したのか、私が31歳のときに代表取締役を譲り、代表権のない会長に自ら退いたのです。

――会長と社長の関係は。
内宮 私が社長に就任した後は、経営に関して一切口を出さず、経営判断はすべて任されました。以前は、とにかく細かなことまで常に確認をしていたのが一切なくなった。私から報告するだけ。ただ、大きな決断のときには私から相談しました。社長就任後、他界するまでの17年間、経営に口を出さずに見守り、必要なときに相談相手になってくれる、非常に心強い存在だったといえます。

事業継続のために必要な準備とは何か

――事業を引き継ぐ際の留意点とは。
内宮 私の社長就任時には、すでに法人の株式の1/3が私の所有となっていました。先代が10年近くかけて株式贈与を進めていたのです。また、私が専務の時代に、店舗の所有を個人から法人に移行。貸付の返済で引退後も収入を確保できることにもなります。
 私は姉と弟の3人兄弟ですが、父は自身が社長のうちに、事業継続に必要な不動産資産は法人名義に、株式は後継者に変更し、引退後も事業がスムーズに継続できる状態をつくっていたといえます。また、個人資産については公正証書遺言を残し、相続トラブルを防ぐ対応も行なっていました。

――内宮社長の後継者は。
内宮 子供は息子が1人と娘が2人。リゾート会社に就職している息子が自社に戻り、事業を引き継げば一番いいとは思っているのですが、現状では、どうなるかわかりません。息子が高校生のときに「事業を継ぐ」と言ってきたことがあるのですが、「甘い考えで事業を継ごうと思うな。実力がなければ経営者にはなれない」と厳しく説教したこともあり、自分で職を選び就職。現状では、後継者は未定です。

――「引継ぎ」の10年で、何をされようとしているのですか。
内宮 引退予定の60歳のときに、どのような会社になっているのかを明確にしておく必要があります。
 まず、財務面。事業に関わる資産については、私の承継時に法人に移行しすでにクリアしています。また、ホテル事業には借入が不可欠ですから、金融機関との関係構築も重要。1社偏重はリスクが大きいので、複数の金融機関との関係構築を進めています。一方、私自身、引退時には十分な退職金がほしい(笑)。そのためには幹部社員にも相応の額の退職金の準備が必要です。それが可能になる財務の体制・状態をつくらなければなりません。
 人の問題も重要です。昨年9月の年頭訓示時の社員に配る小冊子で、10年後の引退を表明するとともに、10年後の社員に求められる「あるべき姿」を「道標110カ条」として示しました。今後も、定期的に実施している研修や毎月・毎年の社長訓示等を通して、私の考え方の伝承を進めていきます。同時に、次の世代の支配人育成も重要な課題です。現在40歳以下で、幹部として当社事業を引き継いでいく資質のある社員を育てる行動にも取り組みはじめています。
 もうひとつ実行しなければならないのがブランドの整理です。「スリーファイブ」ブランドを私が分散してしまいましたので再統一を図り、ラブ系、リゾート系、ビジラブ系の3ブランドに集約していきます。
 また、今後、インバウンドが増加していくなかで、ラブホテルという業態をどのように位置づけるのか。同時に、税務面や労務面も含めてコンプライアンスを徹底し社会的に認知される事業にする。これらも、私たちの世代の経営者が果たさなければならない責任だと考えています。
 もちろん、後継者の見極めも重要です。後継者にホテル経営の資質がないと判断したら、経営には関与させずオーナーに専念させる、という引き継がせ方もあると思っています。
 事業を次の世代に承継するためにやるべきことは数多くあります。自分1人の頭のなかだけで考えていたのでは準備は進みません。計画を明確に描き、期限を設定し、明文化して、表明する。そこから承継のための行動が始まります。個人の命には期限がある。しかし法人の命には期限がありません。死去によって代表取締役を退くのは、後継者にも社員にも不幸なことです。事業承継後に、後継者の相談役として存在する期間も含めて、引き継ぎの時期を決定することが重要です。
(季刊『LH-NEXT』vol.33/2017年7月31日発刊・掲載)