NEXT世代インタビュー6

 次代の業界を担うNEXT世代は、いま何を考え、今後どのようなホテルづくりに取り組もうとしているのか。今回は、福岡の若手経営者3人、森藤紳介氏(㈲プランタン 代表取締役)、大川内重行氏(㈲九州ホテル 代表取締役)、阿部忠司氏(㈲オオモリ 企画常務取締役)にご登場いただき、現状と今後を伺った。

ホテル事業に携わって、初めて大変さを理解

――貴社のホテル事業と、ホテルの仕事に就かれた経緯からお聞かせ下さい。
大川内 当社のホテル事業は、40年前に祖母が始めて、それを母が継ぎました。私は、大学を卒業して1年間、他社ホテルで“修行”してから自社ホテルに戻った。11年前です。現在は福岡と佐賀で4軒を経営しており、代表取締役は法人によって母と私で分けています。
森藤 30年前に父が海運業からホテル業に転身。最初は兵庫でスタートしたのですが、5、6年で売却して福岡に移った。その後、母がホテルをみていたのですが8年前に亡くなり、父も体調を崩してしまっていた。そこで、急遽、私がホテル事業を継ぐことになった。29歳のときです。それまでは大学を卒業後、サラリーマンでWebデザインの仕事をしていました。現在は、父も体調を回復して現場にときどき顔を出しますが、私が代表取締役となり福岡県内で5店舗を経営しています。
阿部  私も、大学を卒業後、新聞社の広告営業の会社に3年間勤務してから、自社のホテルに入りました。当社のホテルは福岡市の郊外で2軒並んで立地しており、父が代表取締役で、兄と私が常務取締役の肩書で、それぞれ1件ずつ運営を任されています。

――ホテルの仕事をはじめられたとき、どのような印象を受けましたか。
大川内  子供の頃から親の仕事を見て育ちましたし、学生時代はホテルでアルバイトもしていたので、ホテルの仕事内容は概ね知っていました。最初に修業したホテルが両親の知人が経営するところで、私自身いい加減な仕事はできないと頑張りましたが、そこで学んだことは、その後の運営、経営にとても役立っています。
森藤  私は、実はトラウマがあって……。中学生のときに自社ホテルで清掃のアルバイトをしていたとき、素足で使用済みのコンドームを踏みつけてしまった。将来、こんな仕事は絶対にやりたくないと思って、サラリーマンを選択したのですが……。それが、突然、引き継ぐことになった。そのときに、父もお世話になった福岡を中心に多店舗展開している葉山グループの土井社長から、金融機関への対応なども含めさまざまなアドバイスとサポートをしていただき、助けていただきました。いまでも非常に感謝しています。
 ただ、ホテルの現場では、最初の1、2年は何もわからず設備の修理と集金だけ。でも、ホテル事業というのは、自分が現場にいなくても売上げがあがる。これはすごいな、と思いましたね。同時に、借入額を知って茫然としましたが……。月給20万円のサラリーマンの感覚では、これは返済できるのか、と思いましたよ。
阿部  それは、私も感じました。さらに外から見ていると、もっと楽に儲かる商売だと思っていたのですが、自分がやってみると、実際の運営管理は簡単なことではないと痛感しました。

――親と意見が異なるようなことは。
大川内  父が建設業をしていたので、建物の改修等のコストについては詳しくて、私の考えや判断に対して厳しかったですね。一方、母はどちらかというと放任主義で、ほとんど最初から“任した”という接し方でした。
森藤  父とは、やはり世代が違いますので、意見が合わないこともあります。でも、事前に“これは意見が合わないだろうな”と予測できますので、そういったときには、資料を用意してきちんとプレゼンをする。すると「おお、それ、ええな」と納得してくれます。
阿部  父からは、現場の運営面は任されています。サービス内容の変更など運営上の判断については、個人で決定するのではなく、兄と古くからの社員と私の3人で行なう会議で意見を出し合い、検討、調整して決定するというやり方で臨んでいます。

政令改正に対して全店舗とも4号を選択

――今年1月の政令改正への対応は。
大川内  新法と4号ともに2軒ずつでしたが、新法は2軒とも4号に変更しました。4号はいましか届出できない。4号から新法にはいつでも変更できる。それに、新法を継続するために営業方法を急に替えたら、お客様がついてこないのではないかという懸念がありました。さらに人件費も含めてランニングコストの増加も考えて、4号を選択しました。
森藤  当社は、2軒が4号で3軒が新法でした。しかし新法の3軒は連棟型ですので、構造的にも新法継続は難しく、4号を選択するほかないと思っていました。
阿部  当社の2店舗も新法でしたが4号の届出をしました。フロント業務も行なっていたので、ほとんど変更なしに新法の継続もできたのですが、やはり4号はいましか取れず新法にはいつでも戻せるということが、4号選択の理由でした。

――4号にはデメリットもあるわけですが、その対処は。
大川内  広告宣伝の規制と融資が難しくなる、ということが2大デメリットだと思います。広告宣伝については、これまであまり重視しておらず野立看板等もほとんどありませんでしたので、それを撤去しても集客のうえで大きなダメージにはならないだろうと判断しました。融資については心配が残っています。ただ、当面は融資を必要とするような改装の予定がない。また1社が所有し4社が運営する体制にしたので、所有会社で融資が受けられる可能性もある。それでも難しければ新法に変えればいい。そう考えると、現状の営業方法を持続できるほうがメリットが大きいと思いました。
森藤  広告宣伝を含め4号の規制については、改正後の現地確認がまだなされていないところが多い。3月の東日本大震災の影響もあると思います。これから厳しいチェックがなされる可能性もあるということを念頭に置かなければならないと思っています。福岡では、改正後に4号届出店舗が、車庫の構造変更で指導されて、新法に戻したというケースも発生しています。
大川内  地域によって、条例の違いや温度差もあり、規制の内容、度合いが異なるとことも注意が必要ですね。
森藤  同一商圏ながら、県境など所在地によって規制内容が違うところもあります。規制の厳しい自治体のほうに立地するホテルはつらいですね。
大川内  4号の場合、ガイドラインでも示された、年少者確認への対応も重要だと思います。トラブルがあれば大きな問題になってしまう可能性もあります。18歳未満お断りの表示をして、フロント担当者にも年少者と思われるときは確認を、と指導はしていますが、難しい問題です。
森藤  見た目だけでは年齢がわかりにくいこともあります。
大川内  インターネットのアダルトサイトには「18歳以上ですか?」「はい」「いいえ」のボタンがありますが、そのような仕組みをつくれないかとも考えています。

運営力を強化して、将来の展開に備える

――全国的に売上減少の傾向が続いていますが、貴社ホテルの状況は。
大川内  当社もやはり低下傾向です。組数はなんとか維持できても、単価が低下している。とくに2008年のリーマンショック以降、顕著です。近隣店舗が低価格になると、お客様の料金に対する見方が、どうしてもシビアになってきます。
森藤  周辺ホテルが低価格のショートタイムをはじめると追随せざるをえません。加えて宿泊利用が減少していますので、客単価は低下してしまいます。
 エリアによっては、経営者が集まり“これ以上の値下げはやめよう”と話し合っているところもあります。
大川内 とくに若年層は、料金に対して敏感ですね。当社ホテルでも単価の高いホテルほど、若年層が減少しているように思います。
阿部  当社のホテルは、県内でも料金設定はかなり高いといえ、お客様も中高年層がメインです。休憩も、ゆっくり滞在していただこうと以前はノータイムだけでした。それを、料金を若干下げて3時間休憩を実施したら、若年層の利用が増えた。料金体系や利用システムの重要性を再認識しました。
森藤  現在の低料金は、値下げしたときは集客できても、ホテルを維持し、新たな魅力を付加していくために必要な利益が確保できなくなるような価格といえます。これでは、長期的にホテルを継続できなくなってしまう……。

――今後、適正な料金で集客していくために求められることは。
大川内  現在のホテルは、清潔さは当たり前、各種サービスも当たり前。かといって集客のために追加投資を続けたのでは経営が成り立たなくなってしまいます。やはり、1つ1つのサービスに磨きをかけていくしかないのではないかと思っています。
 同時に、やはり自宅にはない要素の強化ですね。テレビなどは自宅でもすでに大型です。しかし、浴室は自宅にはない魅力が提供できますから、今後、浴室の充実を図っていきたいと考えています。例えば、シティホテルではできないような、快適性とラブニーズを融合させた浴室空間、そういった方向です。
森藤  価格、客室、サービスなど集客の要素を細分化して抜き出し、自社のレベルをチェックして、レーダーチャートをつくると弱い部分が見えてきます。当社の場合、飲食などいくつか弱い部分があるので、まずその弱い部分のレベルを上げる。さらにその他の集客要素のレベルもアップさせていく。こういった取組みによって、当社グループホテルの信頼性をまず確立させる。その後で、他のホテルには真似のできないオリジナリティを追加していきたいと考えています。
大川内  当社で実施しているサービス等は、他のホテルでも実施しています。だからこそ1つ1つを確実に実行することが大切だと思っています。実際に現場で形にして提供するのはスタッフですから、マニュアル化、標準化して常にきちんと実行できるような仕組みをつくっていかなければならない。それがないと継続は難しいといえます。
阿部  当社のこれまでの営業方法を振り返ると、広告宣伝はほとんどしてきませんでした。視認性のよい立地、建物ということもあるのですが、今後はやはり“待ちの営業”ではなく、積極的にアピールしていくことも大切だと思っています。4号に変更して広告宣伝の規制がありますので、規制内でどのように効果的な告知ができるか、考えていかなければならないと思っています。
 また、客単価が高くても利用していただけるホテルづくりに、さらに力を注ぎたい。4号になってもフロント対面をしていますので、その対応のレベルアップ、清掃もより確実に、さらに消耗品等の細部も見直し充実させていきたい。また現在のお客様は嗜好が多様化しているので、貸出品の充実にも取り組んでいます。

――今後の展開は。
大川内  現状は、店舗数の拡大よりも、オペレーションの確立を優先させたい。私自身、今後20年、30年とこの事業を続けていきたいと思っています。将来は、現在の連棟型をビル型に変更するときもくるはずです。そういった長期的な視点ももちながら、いま何をすべきかを考えていかなければならないと思っています。
森藤  同感です。当社も、個人事業からようやく会社らしくなりかけてきているところです。本部にメンテナンスや企画を担う部署を設けチームとして運営ができるような組織化に取り組んでいます。組織として運営できる状態が確立できれば、新店舗が増えても問題なく対応できる。まず運営力があって、そのアウトプットとして新店舗がついてくる、そういった流れを目指しています。
阿部  私は、先輩がたのように、将来の展開までは、まだ……。それよりもいまの自分の仕事をしっかりやって現在のホテルの売上げを確実にあげていくことに、全精力を注ごうと思っています。とはいえ、先輩がたの考え方や取組み方などを伺うのは、とても勉強になるし励みにもなります。
大川内  私たちは、若手と言われていますが、年齢が若いというだけで時代のニーズに対応できるかというと決してそうではない。実際には、親の経営手法を見て育ってきているだけに、なかなか脱皮できない部分もあります。そういったなかで、いまは全国の同世代の仲間、あるいは先輩がたと横のつながりができて、さまざまな情報交換ができるようになった。これは本当に参考になり勉強になります。私がホテルの仕事をはじめた頃は、1人で悩むことも少なくありませんでした。
森藤  当初、地域の組合の会合に出席しても親の年代の方々ばかりでしたから、踏み込んだ相談などできませんでした。横のつながりは重要です。本音の情報交換ができる。そこで切磋琢磨して、今後も積極的に、お客様に喜ばれるホテル、同時に儲かるホテルをつくっていきたいと思っています。
――本日はありがとうございました。
(7月12日、福岡市博多区「LaLa TSUKASA」にて)

PROFILE

森藤 紳介(もりふじ・しんすけ) ㈲プランタン 代表取締役
1973年生まれ、37歳。会社員(Webデザイン)を経て、8年前にホテル事業を引き継ぐ。
福岡県内で「BEL AIR」など5店舗を経営
大川内 重行(おおかわうち・かさゆき) ㈲九州ホテル 代表取締役
1977年生まれ、34歳。1年間の他社ホテル勤務を経て、11年前に自社ホテルへ。
「LaLa TSUKASA」等、福岡で2店舗、佐賀で2店舗を経営
阿部 忠司(あべ・ただし) ㈲オオモリ企画 常務取締役 
1983年生まれ、28歳。新聞社の広告営業の会社勤務を経て、4年前に自社ホテルへ。
福岡で「LeClub606」等2店舗を兄とともに管理運営
掲載 LH-NEXT vol.9(2011年7月31日発刊)