NEXT世代インタビュー2

証券会社勤務から10年前にホテルへ

――貴社のこれまでの経緯からお聞かせください。
中原 祖父が大阪・生玉でホテルをはじめたのがスタートです。その後、昭和43年に現在の京都・岡崎に移り「ホテル古都」を開業しました。そして7年前にリニューアルを行ない、名称も「ホテル ジャルダンフルール」に変更して、現在に至っています。

――中原さんの経歴は。
中原 昭和48年生まれの37歳です。同志社大商学部を卒業後、証券会社に入社し、4年間、営業をしていました。しかし、当時の証券会社は勤務時間も長くかなり厳しい就労環境だったこともあって、同じハードワークなら家業のホテル事業のほうがいいと思って、家業を継ぐことにしたのです。

――レジャーホテル事業に抵抗は……。
中原 まったくありませんでした。腰掛の就職ということではなかったのですが、3人兄弟の長男であり、子供の頃から漠然といつかはこの仕事を引き継ぐことになるだろう、とは思っていましたから。それに、子供の頃は、正月になると新年会をホテルでやっていて、中学生になったときには、父親から「このホテルはラブホテルだよ」と教えられました。確かに、まだ世間から奇異な目で見られることもありますが、私自身、決して恥ずかしい商売だとは思っていませんから、自分の子供も中学生くらいになったら、どういったホテルなのか、きちんと教えようと思っています。

――いま、お子さまは。
中原 10年前、ちょうどホテル事業に就く頃に結婚して、9歳、7歳、3歳と、3人います。

――家族サービスはできていますか。
中原 年に1、2回、1泊ですが家族旅行はしています。女房は、ホテル事業に就くことにはまったく反対しなかったのですが、やはり当初は「もっと家族サービスを」と言われましたね。仕事が終わって帰宅するのは深夜、しかも夜中に「ボイラーの調子が悪い」と連絡が入れば、ホテルに駆けつける。長期の休みも取れないし、日曜祭日も休めない。でも、いまでは会社員のような家族サービスは無理と納得してくれています。

営業方針では父親と意見対立も

――証券会社の営業からホテルの現場へ。ギャップや戸惑いは。
中原 証券会社の営業というのは、とにかくこちらからアプローチするのみ。一方、ホテルは、待ちの商売。当時は、集客状況もよかったですから、黙っていてもお客様が来てくれて、来てくれたお客様にどう満足してもらうかを考える。仕事への取り組み方が正反対と感じましたね。
 また、レジャーホテル事業は粗利益が大きくて、その分、設備投資も大きい。これは認識していた通りでしたが、実際にやってみると、施設の維持・管理に、予想以上のコストと手間がかかることに驚きました。
 最初は、客室の内装や設備といった部分に目がいっていましたが、電気が使えて、お湯が出て、空調が効いて、こういった当たり前のことは集客力にはならないのですが、これらに不備があればお客様に入っていただけない。そういった地道な部分の大切さを痛感しました。

――現在、お父様との関係は。
中原 父が代表取締役で、私が専務取締役。父は66歳でまだまだ元気で、週に3日はホテルに来ています。ただ現在は、経営、運営に関して基本的に私が任されています。
 もちろん、意見が対立することもあります。どうしても価値観が違いますからね。父の時代は、極論すれば、黙っていてもお客様が来てくれた時代。そういった経験から、集客の方策は、価格の調整が第一という考え方です。現在も、集客上、価格は大きな要素ですが、私はそれだけではないと思うのです。当社ホテルは最新のデザインや設備ではなく、そのなかでどのように付加価値を付けていくか。それがないとお客様を取り込めないと思っています。そこで、意見が対立する……。

――どのような付加価値が必要だとお考えですか。
中原 まず徹底的な清掃が基本で、そのうえでの付加価値ということになります。昨今、付加価値サービスとして飲食の無料化が進んでいますが、私は、無料には否定的なのです。一時、宿泊客への無料モーニングを実施したのですが、確かにほぼ全員が注文する。しかし、まったく手をつけないお客様もいる。無料だからとりあえず頼もう、と。これは、サービスとしてちょっと違うのではないかと思うのです。安価でもいいから有料にと思って、いまは100円としています。それによって必要な人が頼むことになり、そして必要とする人に満足していただけるものを提供していきたい、と思っています。
 そして、もう1つが、お客様にできるだけNOといわない対応。もちろん無理難題には応えられませんが、メニューになくても調理できる食事を要望されたらつくる、コンビニに売っているならコンビニに走る、等々、小さな差別化ですが、当社ホテルは、フロント対面でお客様との会話の機会がありますので、それを有効に活用していきたいと考えています。

――そういった“心のサービス”はモノのサービスと違って、他が簡単には追随できない。大きな差別化になると思います。しかし、マニュアル化できないサービスを実施するのは、従業員教育がカギになりますね。
中原 仕事に就いた当初は、頭ごなしに指導してしまって職場の雰囲気を悪くすることもありました。ホテルを運営していくうえで、やはり人の育成、管理は重要ですから、とにかくコミュニケーションが大事といまは考えています。NOと言わない、お客様を大切に思っていることを伝えるサービスを実現していくには、私の考え方や想いに、従業員がどれだけ共感してくれるか、にかかっていると思います。そのためには、マニュアルよりコミュニケーションだと思います。

もっと遊び心に溢れたホテルにしたい

――現在の課題は。
中原 まずは、売上げです。とくにこの3年くらい急激に厳しくなってきました。このエリアでも、2年前に1軒がマンションに変わり、最近も1軒が閉鎖しました。立地的に、祇園からのお客様も多かったのですが、不況の影響から、それが激減しています。
 さらに、他店と比べ老朽化の問題も抱えている。以前はやっていなかった土日のフリータイムを実施したり、無駄なコストを洗い出して削減したり、といった施策は勧めていますが……。風致地区なので看板を含めて宣伝も難しい。そこで、前述した、NOと言わないサービスで、地道にファン層を開拓していきたい、と思うのです。

――レジャーホテルの現状と今後をどうみていますか。
中原 1つには、政令改正の背景を考えれば、やはりコンプライアンスが重要です。違法行為があればどうしても規制が厳しくなっていきますからね。
 もう1つは、なぜ、お客様がシティホテルではなくレジャーホテルに来るのか、その原点を見直したいと思っています。もちろん、価格もあるでしょう。しかし、日常のストレスから解放されて、非日常的な楽しい時間を手軽に過ごせるということも大きな理由だと思っています。そうなると、現在のホテルづくりが、これでいいのか、とも感じる。将来は、もっと遊び心に溢れた空間づくりをしていきたいですね。

――最後に、どのような経営者を目指していますか。
中原 いま、京都ホテル協会の事務局長を仰せつかって、諸先輩からたくさんのことを学ばせていただいています。やはり、企業のトップは、事業自体も従業員についても、全責任を背負って、引っ張っていかなければならない。現在、父が健在ということもあって、どこかにまだ甘えがあると私自身思っています。現在の厳しい市場環境を乗り越えるためにも、もう一段、経営者として成長しなければならないと思っています。
――今後のホテルづくり、運営に期待しております。

PROFILE

中原 正智(なかはら・まさとし) ㈲古都 専務取締役
1973年生まれ・37歳。レジャーホテル歴10年。
京都・岡崎で「ホテル ジャルダンフルール」(17室)を経営
掲載 LH-NEXT vol.5(2010年7月31日発刊)